前田利治
まえだとしはる
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(大聖寺藩)
江戸 [1618年~1660年]
前田利治とは?
前田利治(1618-1660)は、江戸時代前期の大名。加賀金沢藩主・前田利常と、徳川秀忠の娘・珠姫の間に産まれた三男。1639年、父・利常の隠居とともに7万石を分封され、加賀大聖寺藩初代藩主となった。遠州の小堀政一に茶道の手ほどきを受けていた茶人としても知られている。鉱山の開発に尽力し、領内の金山・銀山を発見した。鉱山開発の過程で大聖寺藩九谷村で見つけた良質の陶土と、利治が元々嗜んでいた茶道が、九谷焼を生み出すこととなった。利治は藩士の後藤才次郎に命じて肥前有田で製陶の技能を学ばせ、帰藩後に窯を興させたのが九谷焼の始まりとされている。43歳と比較的若くして死去しており、弟で養子の前田利明が家督を継いだ。 石川県加賀市大聖寺八間道にある江沼神社は、前田利治を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
