前田利次
まえだとしつぐ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(富山藩)
江戸 [1617年~1674年]
前田利次とは?
前田利次(1617-1674)は、江戸時代前期の大名で、越中富山藩の初代藩主。加賀藩主・前田利常と、徳川秀忠の娘・珠姫の次男。14歳の時に元服し、1639年に利常から10万石を分け与えられ富山藩を立ち上げた。領内の婦負郡百塚に住まいを建てたいと願い出たことから百塚侍従と呼ばれたが、財政難のために百塚城建設は頓挫。その後加賀藩と領地交換をして、富山城を正式な居城とした。内政面では藩法の「小松御条目」を制定し、新田開発、川岸の整備や家臣団の整理、十村制を用いた円滑な農村管理、国境問題の解決などに積極的に取り組み、藩政を築いていった。また、京都から能観、能順、能悦父子などを招き連歌を催したり連歌百韻を奉納するなど、芸能文化にも通じていたとされている。兵法にも明るく、楠流や北条流の兵法を学んでいたともいわれる。 富山県富山市於保多町にある於保多神社では、前田利次が主祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
