前田正甫 神社の神様 - 神社ファン

前田正甫

まえだまさとし

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
前田正甫

表記なし

祭神ランキング1003位

  • 藩主(富山藩)

江戸 [1649年~1706年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 前田正甫とは?

    前田正甫(1649-1706)は、江戸時代前期から中期にかけての武士で、越中富山藩の第2代藩主。初代藩主・前田利次の次男。家老・近藤善右衛門の屋敷で生まれ、幼少期までを近藤宅で過ごした。1674年に父・利次が死去、家督を継ぐ。越中国内では良い土地は金沢藩に抑えられていたため、富山藩の財政は裕福ではなかったが、正甫は文武を奨励し、治水工事や新田開発に力を入れ、さらに但馬の国からタタラ技術を導入して製鉄業を興すなど、農業のみに頼らず産業開発に尽力した。古銭蒐集家としての一面も知られており、文化人であったことが伺える。ある時、正甫が参勤交代で江戸城に参った折に他の大名が腹痛を訴え、正甫が懐に常備していた反魂丹を勧め飲ませると、たちどころに腹痛が収まったという。これが江戸城腹痛事件である。自らが病弱だったためか薬学にも精通した正甫は、江戸城腹痛事件で名の売れた反魂丹の製薬技術を諸国へも広め、越中売薬の基礎を築いたとされる。このような事柄から名君と名高い一方で、非常に女好きで、狼狩りを好んでいたという意外な一面もあった。 富山県富山市呉羽山にある豊栄稲荷神社は、前田正甫を御祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。