前田綱紀
まえだつなのり
- 歴史的人物
- 男神・男性

下村観山 - 前田育徳会所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(加賀藩)
江戸 [1643年~1724年]
前田綱紀とは?
前田綱紀(1643-1724)は江戸時代の武士。前田光高の子で前田吉徳らの親。加賀藩主前田家の長男として生まれる。父・光高が急逝したため3歳で家督を相続。第5代藩主となる。隠居していた第3代藩主の祖父・前田利常が綱紀の後見となり藩政にあたった。利常亡き後は、妻の父で会津藩主の保科正之の後見を受け藩政改革を行っていく。初めに農政改革に取り組み、新田開発を推進し、飢饉や凶作に備え義倉の設置、生活困窮者のための非人小屋や授産施設の創設などを行っている。続いて藩政組織の改革にあたり、藩の重臣である年寄役に八家を置き、以下細部にわたるまで職制の再編成を行った。また学問を奨励し、儒学者の木下順庵らを招いて古書・古文書の収集や編纂に努めた。家督を4男・前田吉徳に譲り隠居するまで治世は80年近くにおよび、江戸幕府6代の将軍に仕えた。前田家代々の当主は金沢旧五社の神明宮を崇敬し、綱紀の代では神名宮を氏神としている。 綱紀は加賀神社(石川県河北郡)や金谷神社(石川県金沢市・尾山神社摂社)などで祭神としてまつられている。いずれも前田家に縁の深い地に建立されており、加賀神社には綱紀直筆の絵画や書状が残されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
