浅野長直・長友・長矩の三代の城主
あさのながなお・ながとも・ながのりのさんだいのじょうしゅ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(赤穂藩)
江戸
浅野長直・長友・長矩の三代の城主とは?
浅野長直(1610-1671)、浅野長友(1643-1675)、浅野長矩(1667-1701)は江戸時代前期の大名。長直は藩祖浅野長政の孫にあたり、父親は浅野長重である。長直は笠間で生まれたが、父長重より家督を継承した長直は後に播磨赤穂に国替えとなった。長友は長直の嫡男で、母親は丹羽長重の娘である。江戸から赤穂に入り藩政を取り仕切るが33歳の若さで早逝した。長矩は長友の長男であり、母親は鳥羽藩主内藤忠政の娘。一般的には浅野内匠頭の名で知られている。長矩は父長友の死により幼くして赤穂藩第3代藩主となった。江戸に下向する勅使の御馳走人に任じられた長矩は吉良上野介義央の指南を仰ぐが、吉良家への御礼金品が不足であったために冷遇される。この事を遺恨に感じた長矩は江戸城内で切り付けるという刃傷事件を起こし切腹となった。この事件により赤穂藩は取り潰し、浅野家は断絶となる。浅野家家臣は後年吉良家に討ち入り主君長矩の無念を晴らしている。世にいう赤穂浪士の討ち入りである。 長直、長友、長矩は兵庫県赤穂市にある大石神社に祭神として祀られている。大石神社には大石内蔵助はじめ四十七士とともに浅野家3代の藩主が合祀されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
大石神社
(兵庫県赤穂市上仮屋129)
