青山忠裕 神社の神様 - 神社ファン

青山忠裕

あおやまただひろ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩主(篠山藩)

江戸 [1768年~1836年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 青山忠裕とは?

    青山忠裕(1768-1836)は、江戸時代中期から後期にかけての大名、老中。丹波国篠山藩4代藩主。青山家宗家10代。兄の3代藩主・忠講が子もなく21歳で死去したため、家督を継いだ。寺社奉行をはじめ若年寄、大坂城代、京都所司代など幕閣の役職を歴任した。1804年に老中になってからは31年3か月11日間勤めあげ、歴代の老中でもトップの年数である。内政では藩内の天地山に京焼の窯を開かせたり、農民が冬季に灘などに出稼ぎに行くことを認めるなど、庶民の声にも耳を傾ける人徳者であった。毎年春と秋に行われる大相撲では篠山藩は負け続きだったが、1820年の春、篠山から8人の力士が現れて出場を願い出た。忠裕が出場を認めると、見事全員が勝利したが、その後忠裕が褒美をとらせようとしたところ姿が見当たらない。調べたところ、力士たちの名前は篠山領のお稲荷さんの祀られた地名であることが分かり、忠裕はそれぞれの稲荷神社にのぼり絵馬を奉納したという。1835年、老中を辞任し隠居。翌年に死去した。 兵庫県丹波篠山市北新町にある青山神社は、青山忠裕を祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    青山神社
    (兵庫県丹波篠山市北新町1番の1)