西尾式部道永
にしおしきぶみちなが
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
室町 [~1514年]
西尾式部道永とは?
西尾式部道永(?-1514)は室町時代の人物。出自ははっきりとしないが、姓などから三河国西尾(愛知県西尾氏)の出身ではないか、と考えられている。岩倉織田氏に仕え、尾張北東部を治めていた。尾張北東部を治めるための拠点として、道永により築城されたのが、大草城(愛知県春日井市)である。しかし、岩倉織田氏の家督争いに巻き込まれ、大草城を離れることになり、大草城はのちに廃城となる。その後、東美濃へと拠点を変えた道永が居城として構えたのが、刈安城(岐阜県瑞浪市)である。刈安城は関ヶ原の時代まで残ったが、戦に巻き込まれ落城している。大草城時代の道永は、盛禅という僧に深く帰依し、大草城のあった大草山の西北に福厳寺を建立している。道永自身も86歳に没したあと、この福厳寺境内に埋葬され、今もその墓が残されている。 西尾式部道永は刈安神社に祭神として祀られている。道永が居城とした刈安城の跡地に建てられた刈安神社は、戦の神様で、戦時中には多くの参拝者があったことも記録に残っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
