清和天皇
せいわてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

良恭(パブリック・ドメイン)
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- 天皇
平安 [850年~881年]
清和天皇とは?
清和天皇(850-881)は平安時代前期の第56代天皇。父親は第55代文徳天皇、母親は藤原良房の娘藤原明子。清和天皇は文徳天皇の第4皇子であった。異母兄に惟喬、惟条・惟彦3親王がいたが、外祖父となる良房の後見により生後8か月にして立太子となり、その後文徳天皇崩御により9歳にして即位した。これにより、良房が外戚として幼少の天皇に代わり政治の実権を握ることになった。清和天皇は良房を皇族以外で初めての摂政に任命、良房が亡くなった後も良房の養子基経が摂政となり親子二代で清和天皇の補佐をする。清和天皇は容姿端麗であり、聡明な頭を持ち雅な風格を備えていたと言われている。学問を好み摂政良房の補佐を得て「続日本後紀」を編纂し、「貞観交替式」「貞観格」「貞観式」を施行した。27歳にして第一皇子の貞明親王に皇位を譲った。自身が即位したときと同じく貞明親王もまた9歳であった。貞明親王は即位し第57代陽成天皇となったがその他の多くの皇子は臣籍降下され清和源氏の祖となった。 清和天皇は京都市右京区嵯峨水尾にある清和天皇社に祭神として祀られている。清和天皇は陽成天皇に譲位後出家し畿内巡幸の旅を行う。崩御後は遺言によりこの地に葬られた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
水尾帝みずのおのみかど
その他
貞観帝じょうかんのみかど
その他
惟仁親王これひとしんのう
その他
