清若丸
きよわかまる
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人の子息
戦国 [~1566年]
清若丸とは?
清若丸(?-?)は戦国時代の人物。父親は尼子経久に仕える亀井秀綱。父秀綱は尼子家では筆頭家臣の身分であり、月山富田城への兵糧運搬ルートとなる境水道を守る鈴掛城の城主であった。しかし、尼子、毛利の長年にわたる争いの中で、毛利に内通していた尼子方の高岡城主武良内匠頭、また毛利方の尾高城城主杉原盛重らの策略にはまり自害に追い込まれる。清若丸は乳母や重臣小磯双四郎らに守られ城から逃げ落ち大同寺付近に身を潜めたが、結局は見つかり乳母らとともに命を取られてしまった。清若丸の死を知った小磯双四郎は大同寺境内で切腹して果てた。その後付近では不吉な事や疫病が流行し、多くの人が死ぬという凶事が起こり、清若丸や双四郎の祟りとして小祠や五輪墓を建立して手厚く供養したと伝えられている。 清若丸は鳥取県境港市の大港神社に祭神として祀られている。清若丸はもともとは摂社に祀られていたが、明治時代になり合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
大港神社
(鳥取県境港市栄町133)
