榊原政令
さかきばらまさのり
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(越後高田藩)
江戸 [1776年~1861年]
榊原政令とは?
榊原政令(1776-1861)は、江戸時代後期の大名。越後国高田藩3代藩主。榊原家11代当主。榊原政敦の長男で、母は象の方。1810年に父・政敦が隠居し、35歳の政令が家督を継いだ。山本北山や太田綿城に師事し、学問を熱心に学んだ。家臣にも学問を推奨し、大久保鷲山や中島嘉春といった儒学者を生み出した。また領内にある赤倉山の温泉を掘削して赤倉温泉を開き、果樹の植樹の推進、倹約令の発布や新田開発、それに伴う用水路の整備、牧場の経営など、領内の産業開発に多大な功績を残した。「武士がそろばんをはじいて何がいけないのか」と、藩士に内職を勧め、貧しいため隠れて内職をしていた下級藩士たちも喜んで堂々と内職を行うようになり、内職で制作されていた凧や竹かご、提灯などが特産品にもなった。このような財政再建政策により、傾いていた高田藩の財政は安定し、天明・天保の飢饉ではただの一人も餓死者がでなかったという。1827年に長男・政養に家督を譲って隠居し、1861年、当時としては高齢の86歳で死去した。 新潟県上越市大手町にある榊神社は、榊原政令ら歴代高田藩主を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
