菅原淳茂
すがわらのあつしげ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング655位
- 公家(貴族)
- 漢詩人
平安 [878年~926年]
菅原淳茂とは?
菅原淳茂(878-926)は平安時代前期の貴族であり学者。右大臣菅原道真の5男。道真には13人の子供がいたが、その中でも父親の才能を受け継いだ優秀な人材であり、周囲からは菅秀才と呼ばれていたと言われている。しかし、父道真が大宰府に左遷された際には、淳茂もまた他の道真の子供と同様に播磨国に遷された。また、一方では相模国永谷に配流されたという伝承も残っている。淳茂は罪を許され京に戻った後は、式部権大輔、大学頭、文章博士などに任ぜられ、位階は正五位下にまで至った。 淳茂は兵庫県高砂市にある曽根天満宮に祭神として祀られている。曽根天満宮は父道真が大宰府に遷される際に立ち寄った地に淳茂が社殿を立てお祀りしたことが創始とされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
天神社
(愛媛県砥部町三上原町45番)
