菅原高視
すがわらのたかみ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング405位
- 公家(貴族)
平安 [876年~913年]
菅原高視とは?
菅原高視(876-913)は、平安時代前期の貴族。官位は従五位上・大学頭。学問の神で有名な右大臣・菅原道真の長男。母は島田忠臣の娘・島田宣来子。17歳の時に文章得業生となり、翌年三河掾に任官した。その後、大学頭へと順調に出世する。しかし901年、右大臣である父・道真と左大臣・藤原時平の軋轢が高じて醍醐天皇が道真を左遷する昌泰の変が起こり、高視も父に連座し土佐介に左遷された。父・道真は903年に大宰府で他界するが、それ以来左大臣・時平の周辺での凶事や落雷などの天変地異が相次ぎ、「道真の祟りではないか」と考えた朝廷は日本各地に流されていた道真の子供たちを都へと呼び戻し、高視は左遷から5年後に帰京し大学頭に復帰した。しかし以降は振るわず、38歳の若さで病死した。 高知県高知市天神町にある潮江天満宮は、土佐国で父・道真の訃報を聞いた高視が父のために創建したといわれており、道真と高視が主祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
