杉生貞則
すぎおさだのり
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩士(小倉藩)
江戸 [1765年~1830年]
杉生貞則とは?
杉生貞則(1765-1830)は、江戸時代後期の武士。豊前小倉藩の藩士。通称は十右衛門。普請奉行、船奉行、町奉行、寺社奉行などを歴任して、1820年には郡代となった。宇島築港の立案・計画・監督、今川や紫川の河川改修、各地の道路整備などの土木事業に尽力した。小倉・紫川に架かる常盤橋の橋杭に石柱を用いることを提案していることから、工事技術に長けていたことが伺える。また、殖産興業を推進するために国産会所を設置するなどの功績も遺した。宇島港は莫大な費用と人員を割き完成したにもかかわらず、1828年竣工の翌年に台風災害で波止の一部が決壊するなど維持管理に苦難が付きまとい、度重なる出費なども相まって奉行である貞則への批判が高まった。このような心労により1830年に66歳の生涯を閉じた。貞則の死後、宇島港は商人などの台頭により関西との海運事業の要となり豊前市の発展を支えたことから、貞則の功績は高く見直された。 福岡県豊前市宇島の宇島神社には、貞則を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
