諏訪頼重 神社の神様 - 神社ファン

諏訪頼重

すわよりしげ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [1516年~1542年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 諏訪頼重とは?

    諏訪頼重(?-1335)は鎌倉時代~南北朝時代の人物。諏訪盛重または諏訪宗経の子で、諏訪時継の親にあたる。諏訪氏は信濃国(現在の長野県)の諏訪大社における神職・大祝《おおほうり》を代々で務めた家柄であるため、頼重もまた大祝だったと推察されるが明確な記録は残っていない。また諏訪氏は信濃守護の北条氏に仕える武家でもあり、頼重は武将として東勝寺合戦などの戦に参加していたとみられる。ところが鎌倉幕府が滅亡すると信濃守護の座は敵対勢力の小笠原貞宗に渡り、これを不服とした頼重は北条時行を擁立して「中先代の乱」を引き起こした。この戦で頼重側は有力な敵方武将を次々に討ち取り、ついには足利直義をも敗走させて一時的に鎌倉の占領を成功させている。それから頼重の一派による鎌倉支配は約20日間続いたが、間もなく京より派遣された追討軍に大敗を喫し、頼重は息子や部下など合わせて43人と共に勝長寿院で自刃した。 古代より諏訪大社では大祝職を神の依り代として扱っていたため、諏訪氏の当主たる頼重も一種の現人神として崇敬されていた可能性がある。尚、諏訪大社の境内には「諏訪照雲頼重の供養塔」が残されており、非業の死を迎えた頼重の神霊を慰めている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。