仁明天皇
にんみょうてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング655位
- 天皇
平安 [810年~850年]
仁明天皇とは?
仁明天皇(810-850)は平安時代初期の第54代天皇。第52代嵯峨天皇の次男であり、母親は皇后橘嘉智子。833年に第53代淳和天皇の譲位を受けて即位する。仁明天皇は幼少の頃から病弱で多くの病歴があったと「続日本紀」には記載がある。天皇即位後も自ら薬の調合などを行い、医師並みの知見があったと言われている。仁明天皇は即位した後、当初は淳和天皇の皇子恒貞親王を皇太子としていたが、伴健岑、橘逸勢らが皇太子を奉じて謀反をくわだてたとして廃位し、健岑、逸勢は伊豆へ流罪とされた。世にいう承和の変である。しかし、この変を裏で糸を引いていたのは藤原良房であり、恒貞親王を廃位することで藤原氏に近い道康親王を皇太子に擁立しようという陰謀であったと言われている。藤原氏による摂関政治の端緒となる事件である。仁明天皇は崩御した後、山城国紀伊郡の深草山陵に葬られた。そのため深草帝とも呼ばれている。 仁明天皇は京都市右京区にある梅宮大社に祭神として祀られている。梅宮大社は橘家の氏神として知られる神社であり、神紋は橘である。社殿によると、母親の橘嘉智子は梅宮大社に祈願して仁明天皇を授かったとされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
