神田宗次 神社の神様 - 神社ファン

神田宗次

こうだむねつぐこう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • その他

奈良

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 神田宗次とは?

    神田宗次(?-?)は奈良時代の豪族。宗次は、現在の佐賀県唐津一帯に勢力を持っていた地頭で、神田地区の開拓に尽力したと伝えられる。肥前国(佐賀県・長崎県)松浦地方の武士団で、元寇にも対抗した水軍として知られる松浦党で活躍した神田氏の祖先といわれ、唐津神社の創始に関わった人物としても知られる。唐津神社の縁記によると、宗次は霊夢によって海上に漂う筐から宝鏡を得る。これこそ神功皇后が住吉三神をまつった際に奉じた宝鏡であるとし、孝謙天皇に奏上。天皇より唐津大明神の神号を賜ったとあり、松浦古事記、松浦捨風土記などにも同様の記述が残されている。 宗次は唐津神社(佐賀県唐津市)で祭神としてまつられている。後裔と称する神田広により社殿の建立と神田の寄進があり、宗次が合祀され二ノ宮とした。広は松浦党の祖・松浦久の5男であり神田家の血統ではなかったが、神田地区に邸を構え崇敬する宗次の姓を名乗ったとされる。宗次の神霊は、唐津の産土神、氏神として地域の人々に敬われ信仰を集めている。また神功皇后の三韓渡航に起源をもつ熊野原神社(佐賀県唐津市)においても、宗次は祭神としてまつられている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    唐津神社
    (佐賀県唐津市南城内3−13)