神代勝利
くましろかつとし
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1511年~1565年]
神代勝利とは?
神代勝利(1511-1565)は戦国時代の武士。神代宗元の子で神代長良らの親。神代家は筑後国(福岡県)に領地を持っていたが、勝利は父・宗元が落ち延びた肥前国(佐賀県・長崎県)で生まれた。早くから武芸の才を見せ、各地で修業を重ねるうちにその名を知られるようになる。勝利は次男であったが、長男が目を患ったことから18歳で神代家の惣領となった。勝利は三瀬城を居城とし、北九州の名門少弐氏に仕え、少弐氏による龍造寺氏排斥の謀略にも加担したため、龍造寺の家督を継いだ龍造寺隆信と敵対する。隆信によって少弐氏が滅ぼされてからも対立は止まず、度々の戦闘で勝利は自領の山内を逃れているが、2度にわたり山内へ復帰している。その後、龍造寺氏との間に和睦が成立。勝利は新たに築いた畑瀬城にて隠居し、家督を嫡男の長良に譲ったが、病にかかり翌年死去した。神代家は古くから筑後の高良神社で大宮司を務めた一族であったが、鎌倉時代に移住し武士へと変わっていった。 勝利は勝宿神社(佐賀市久保泉町)、勝玉神社(佐賀市三瀬村)で祭神としてまつられている。いずれもかつての領主をまつるため建立された神社で、建立に際しては旧領民が積極的に協力したと伝えられる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
勝宿神社
(佐賀県佐賀市久保泉町大字川久保4199番)

