真田信之
さなだのぶゆき
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 大名
安土桃山~江戸 [1566年~1658年]
真田信之とは?
真田信之(1566-1658)は安土桃山〜江戸時代の武士。真田昌幸の子で真田信政らの親。兄弟に真田信繁(幸村)らがいる。妻は小松姫ほか。昌幸の長男として生まれ、幼少期は昌幸が仕えていた武田家で人質として過ごす。武田家滅亡により父の元に戻るが、昌幸が徳川家康の配下になると人質として家康の元へ送られ、そこで家康の養女であり本多忠勝の娘・小松姫を妻とする。1600年の関ヶ原の戦いにおいては東軍の家康方に属し、西軍に属した昌幸と信繁とは袂を分け戦った。江戸幕府では、昌幸の所領を合わせた9万5千石の信濃国(長野県)上田藩主となり、農民への年貢の減免措置や灌漑施設の整備などを行っている。その後、松代藩に移封となり所領は13万石となる。松代藩でも城下町の建設や新田開発など藩政改革に務めている。90歳を過ぎるまで藩主を務め、93歳で死去した。 信之は白鳥神社(長野県長野市)で祭神としてまつられている。松江藩に移封になった際、崇敬していた海野郷の白鳥神社を勧請し、信之自身も7代藩主・真田幸専により武靖大神として合祀された。また旧領民が真田家の遺功を偲び、明治に入って真田神社(長野県上田市)を建立。祖父や父、弟らと併祀されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
