真田幸隆 神社の神様 - 神社ファン

真田幸隆

さなだゆきたか

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
真田幸隆

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [1513年~1574年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 真田幸隆とは?

    真田幸隆(1513-1574)は戦国時代の武将。幸隆の出自は信濃国小県郡(長野県東御市)の豪族海野棟綱の次男、あるいは海野氏の庶流である真田頼昌の次男など諸説あるが定かではない。幸隆という名は歴史小説などでよく登場するが、古文書などの資料では幸綱と記されている場合が多く、晩年になって幸隆と改めたという説もある。真田家は信濃小県郡(長野県上田市)の松尾城を居城とした小豪族に過ぎなかったが、海野平の合戦で武田信虎、村上義清らに敗れ上野の長野業政を頼る。その後、幸隆は小県郡の失地回復を目的として甲斐の武田晴信(信玄)の配下に属する。当時晴信は村上義清との戦いに苦戦を強いられていたが、幸隆が知謀を駆使して義清の居城戸石城を攻略する。世にいう「戸石崩れ」である。この戦功により幸隆は知将として名をあげ、失地回復に成功する。敗れた義清は越後の長上杉謙信を頼り、この事が川中島の合戦の原因となっていく。武田勢の中で確固たる地位を気付いた幸隆は上杉勢と対峙する最前線を担い戸石城番も兼ねた。 幸隆は長野県上田市にある真田神社に祭神として祀られている。真田神社は山家神社の境内に鎮座する摂社であり、全国にある真田神社の中でも、真田家の後裔が唯一認めている神社であると言われている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    真田幸綱

    さなだゆきつな

    その他