真田幸道 神社の神様 - 神社ファン

真田幸道

さなだゆきみち

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
真田幸道

真田宝物館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(松代藩)

江戸 [1657年~1727年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 真田幸道とは?

    真田幸道(1657-1727)は江戸時代前期の大名。松代藩(長野県)第2代藩主真田信政の六男として生まれる。父信政は病により亡くなるが、長兄の信就は分家しており、その下の4人の男子はことごとく死亡していたために幸道は2歳にして3代松代藩主となる。しかし、藩主となったが叔父にあたる沼田城主真田信之との確執などもあり、4代将軍徳川家綱に御目見し、実際に松代藩に入ったのは18歳の時となった。松代藩に入った幸道はもともとの松城の地名を松代と改め、検地を行い領地の繁栄に努める。しかし、関が原では本家が西軍に味方したために外様扱いであり、幕府からの様々な要請に苦心することになる。主な幕府からの要請として、江戸城の普請、日光山普請、善光寺再建普請、朝鮮使節饗応などがり、この負担により松代藩の財政は困窮していく事にある。多くの普請には真田家の力を恐れた徳川幕府が力をそぐための思惑があったとも言われている。2歳にして家督を継いだ幸道は70年の長きにわたり藩主を務めている。 幸道は長野県長野市松代町の白鳥神社に歴代の藩主と共に祭神として祀られている。白鳥神社には初代松代藩主真田信之が武靖大神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。