真田幸専
さなだゆきたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

真田宝物館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(松代藩)
江戸 [1770年~1828年]
真田幸専とは?
真田幸専(1770-1828)は江戸時代後期の大名。父親は彦根藩(滋賀県)主井伊直幸、母親は側室智貞院。井伊順介と名乗る。信濃松代藩(長野県)第6代藩主真田幸弘は四人の男子すべてに先立たれたために後継者が不在となり、順介を娘の三千に婿養子に迎えた。松代真田家は、本家の真田昌幸が西軍に味方したことから外様大名の扱いであった。そのため、有力譜代大名である井伊家から養嗣子を迎えることにより徳川家との繋がりを強くする狙いもあったと考えられる。順介は第11代将軍徳川家斉に御目見したうえで松代入りし、名を幸専と改名した。その後、養父幸弘が隠居することにより第7代松代藩主となる。しかし、松代藩の財政は困窮をきわめ、幕府から命じられた隅田川御船蔵の建造と本所筋の河川改修の普請の際には、生家である井伊家から5000両を借り受けざるを得ず、松代藩全体に倹約令を発布し財政再建の苦労を担うことになった。 幸専は長野県長野市にある白鳥神社に祭神として祀られている。白鳥神社は初代松代藩主となった真田信之が上田から松代への移封にあたり勧請した神社であり、7代藩主幸専が改築をした。
ご神徳
ご神徳は不明です。
