奥平信昌 神社の神様 - 神社ファン

奥平信昌

おくだいらのぶまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
奥平信昌

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

戦国~江戸 [1555年~1615年]

奥平信昌とは?

奥平信昌(1555-1615)は戦国時代~江戸時代初期の武将。三河国の有力豪族奥平定能の長男であり、母親は牧野成種の娘。奥平氏は代々今川家の家臣筋であったが桶狭間の戦いで今川勢が敗退し勢力が衰えたのを見て徳川家康の配下に加わる。しかし、武田勢が三河国に進行すると一転武田勢に加担する。武田勢に対抗するため徳川家康は長女亀姫を嫁に出すなどの条件を出し、伸昌ら奥平勢は徳川方に帰参した。この徳川帰参に武田勝頼が激怒したことが長篠の合戦のそもそもの発端である。しかし、大挙して押し寄せた勝頼勢を伸昌は長篠城に籠城し耐え抜き、織田・徳川連合軍の参戦により長篠の戦いは武田勢の敗北に終わった。その後も遠江国高天神城攻め、小牧長久手の戦いなどで次々と武功を挙げる。家康が関東に国替えの際には上野国3万石をあたえられた。また、関ヶ原の戦いでは西軍の武将安国寺恵瓊を捉える功績を挙げ、江戸幕府開幕以降は京都所司代の任に当たり美濃国に10万石を与えられている 信昌は大分県中津市の奥平神社に祭神として祀られている。奥平神社は奥平家中興の祖と言われる貞能公・信昌公・家昌公の三柱を主祭神として七代目奥平昌成によって建立された神社である。

ご神徳

開運招福

祀られている主な神社

奥平神社
(大分県中津市二ノ丁1273)