常盤御前
ときわごぜん
- 歴史的人物
- 女神・女性

月岡芳年
祭神ランキング1527位
- 武人の側室
平安 [1138年~]
常盤御前とは?
常盤御前(1138-?)は平安時代末期の女性。両親や出自に関しては詳細不明。近衛天皇の中宮九条院の雑仕女であった。雑仕女として出仕する際には、京の女性千人の中から選ばれた美貌の持ち主であったと言われている。源氏の棟梁源義朝の側室となり、源義経をはじめとして3人の子供をもうける。平次の乱が勃発すると義朝は平清盛に打ち取られ、自らの母親が捕縛されたと聞きつけた常盤御前は3人の子供を連れて清盛のもとに投降する。その時、清盛は常盤御前の美貌と潔さに惚れ助命した上に側室とし、女子一人をもうけた。その後、清盛は常盤御前を公卿の一条長成に託し、長成との間にも一男一女を産んでいる。義朝との間の子供である義経は長じると、義兄の源頼朝と共に平氏を滅亡に追い込むが、兄頼朝とは不仲となり奥州に逃亡することになる。この時、奥州藤原氏の庇護を受けられたのは長成の支援によるもとされている。その後、常盤御前は義経の後を追い奥州へ旅立ったという伝承が広がり、全国各地に常盤御前に関わる逸話が残されている。 常盤御前は鹿児島県曽於市にある女躰神社に祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
