上杉憲顕 神社の神様 - 神社ファン

上杉憲顕

うえすぎのりあき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 大名

鎌倉~南北朝 [1306年~1368年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 上杉憲顕とは?

    上杉憲顕(1306-1368)は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。上杉憲房を父に持ち、足利尊氏は従兄弟にあたる。山内上杉家の始祖であり、上野、越後、伊豆の守護を兼ねた。父と共に足利家に仕えており、関東廂番を司るなど重用されていた。尊氏が建武政権に反旗を翻し争いを起こすとそれに従うが、その中で父や兄弟を失い家督と共に彼らが担っていた守護職も引き継ぐこととなる。しかし、鎌倉時代以来の足利氏の被官としての地位および縁戚をめぐる高一族との争いもあり、憲顕は観応の擾乱を期に尊氏と袂を分かち、対立する足利直義派につく。京都で義理の弟が暗殺されたことをきっかけに挙兵すると、直義派は関東を掌握する。ところが、直義の死によって情勢が変わると憲顕は信濃(長野県)に逃れることとなり、しばらく潜伏することとなる。1361年、足利基氏の求めによって復帰すると越後、武蔵の守護と関東執事の座に任じられた。基氏の死後も足利氏満、足利義満に厚遇され、鎌倉幕府を支える重要な役割を担ったとされる。憲顕は伊豆の守護職を務めていた頃、同地に国清寺(静岡県伊豆市)を建立している。この寺は修行僧が食べる国清汁の発祥の地として知られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    赤城神社
    (群馬県渋川市北橘町真壁846番地)