松平茂昭
まつだいらもちあき
- 歴史的人物
- 男神・男性

内田九一 - 個人所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主
- 華族
江戸~明治 [1836年~1890年]
松平茂昭とは?
松平茂昭(1836-1890)は江戸時代末期~明治時代にかけての人物。松平直春の子で、松平康荘らの親。妻は幸姫ほか。越後国(現在の新潟県)の糸魚川藩主・松平直春の四男として生を受け、1857年には実父の隠居に伴って糸魚川藩7代藩主、並びに越前松平家分家9代となる。その翌年には、安政の大獄で隠居・謹慎に処された松平慶永から越前松平家の家督を相続して福井藩17代藩主を歴任、福井32万石を領することとなった。ただし藩内には隠居した慶永をはじめ、藩政の主導権を握る有力な家老や藩士が多かったため、茂昭は実権を持たない傀儡当主だったという。しかし茂昭自身は兵学に通じた有能な人物であり、第一次長州征討に際しては副総督として出陣。版籍奉還の後は福井藩知事として兵制の改革に務めている。 また、茂昭は民衆の生活基盤の安定にも気を配っていた。領地の栃原村が度重なる大洪水によって困窮した際には、特別免租の措置を取って復興を支援したという話もある。事実、当時の村人たちは藩主への感謝を永く賛えるために栃原神社(福井県永平寺町)へ茂昭の神霊を合祀しており、現在でも毎年4月7日には「殿様祭り」が盛大に執り行われている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
