松平定房
まつだいらさだふさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(今治藩)
江戸 [1604年~1676年]
松平定房とは?
松平定房(1604-1676)は江戸時代前期の人物。松平定勝の子で、松平定時らの親。徳川家康は伯父にあたる。定房は遠江国(現在の静岡県)の掛川藩主・松平定勝の五男として生まれた。1625年には伊勢長島7000石を賜って長嶋城主となるが、1635年には藤堂高虎の領地替えに伴って伊予今治城3万石を賜り、改めて伊予国(現在の愛媛県)の今治藩主に着任している。これより200年以上に渡って今治藩は松平家に治められるため、定房のことは今治における「松平家初代」として扱うのが一般的。1665年以降は将軍不在時に江戸城を守る者のまとめ役である「大留守居」の役職を務め上げ、さらに1万石を加増されるなど松平家の繁栄に大きく寄与した。 秀忠・家光・家綱と三代に渡って将軍家に仕えた定房であるが、1674年には自ら江戸城代役を辞職している。隠居後は剃髪して「安心軒」の法号を名乗ったことから、定房には仏教の心得があったものと推察できる。死後、定房の遺体は今治の国分山に葬られた。古国分の寺山の頂上に現在でも残る3基の宝篋印塔のうち一つが定房の墓碑であり、これらは「今治藩主の墓」として愛媛県の県指定史跡にも指定されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
