松平親氏
まつだいらちかうじ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- 武人
室町 [~1393年]
松平親氏とは?
松平親氏(?-?)は、室町時代初期の三河国の武将。世良田有親の子。江戸時代に作成された系譜において松平氏・徳川氏の始祖とされている。前半生は不詳であるが、父・有親が浪合の戦いで将軍方の足利氏一門の一色氏・吉良氏の軍勢に敗れた際、兄弟たちと命からがら奥三河の松平郷へ逃亡したといわれる。その後まもなく出家し遊行上人の弟子となって「徳阿弥」、弟(子とする説もある)・泰親は「長阿弥」と名乗った。当時の松平郷の統治者・松元伸重は、和歌に通じ教養と武勇を併せ持った親氏を高く評価して、自らの娘を娶らせ婿養子として迎え、松平郷を継承させた。伸重は弟・泰親にも一族の娘を娶らせ、親氏・泰親兄弟は還俗した。松平郷の領主となった親氏は郷敷城を築き、泰親とともに近隣7ヶ所の領地を手中に収め、のちの戦国大名松平氏の基礎を築いた。親氏は信仰心にも篤く領内に多くの寺社仏閣を設け、貧しい民にも援助を惜しまないなど、人々に非常に慕われていたという。親氏の生没年については諸説あり、特に没年は歴史を記した書により10通りあり、年も1361年から1467年までと非常に大きなばらつきが見られる。生年についても1298年とする説と1332年とする説の2通りある。 豊田市松平町赤原にある松平東照宮は、親氏を主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
松平信武まつだいらのぶたけ
その他
