松平重休 神社の神様 - 神社ファン

松平重休

まつだいらしげやす

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩主(杵築藩)

江戸 [1691年~1715年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 松平重休とは?

    松平重休(1691-1715)は江戸時代の人物。松平重栄を父に持つ。豊後国(大分県)杵築藩3代藩主にして、能見松平家9代目。家督を継いだのは1708年のことで、幕府から与えられた朱印状で藩の名前を「木付」と書くべきところ「杵築」と間違えられたことをきっかけに、藩名を杵築藩に改めた。重休は民政に重きを置き、特に学問を勧めたという。その裏には己の侍講であった教育者、綾部安正の影響が大きかったとされる。享保の飢饉の際は、安正と共に領民救済に力を尽くした。また、杵築藩では七島藺を加工した青筵を特産品としており、その生産によって豊後藩内農家の経営を潤した。更に、初代藩主である松平英親が建立した光明院(大分県杵築市)を庇護し、堂舎を建てて祈祷道場とした。これらの善政の甲斐もあり、重休は領民から広く慕われていたという。 重休は青筵神社(大分県杵築市)に祀られている。ここでは重休は青筵生産を勧めた功労者の一人として祀られており、鳥藺の恩人と呼ばれている。また、杵築神社(大分県杵築市)にも初代藩主と共に祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。