松平近正
まつだいらちかまさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(シリーズ藩物語 府内藩 パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~安土桃山 [1547年~1600年]
松平近正とは?
松平近正(1547-1600)は戦国時代末期の武将。大給松平家老職松平親清の嫡男であり、大給松平家2代当主。徳川家康が関東に入国した際に、上野国(群馬県旧倉渕村)の三ノ倉村、水沼村他計5ヶ村5000石を与えられ直参に加えられた。関ケ原の戦いを間近に控えて上杉討伐に関西を発する家康の備えとして伏見城の留守居役を鳥居元忠と共に担う。伏見城の戦いとは、家康が上杉討伐を名目に関西を離れ、石田三成らを蜂起させる策略の元、負けなければならない戦であった。前田玄以、長束正家らに加えて宇喜多秀家が加勢し大群となった石田三成勢に対して、伏見城に籠城した近正らは大いに奮戦するが落城、その場で討ち死にとなる。この戦いが端緒となって関ヶ原の戦いに繋がり、家康の天下統一に大きく貢献した。この功績により、嫡男一生は一万石に加増され諸侯に列する大名となる。 近正は大分県大分市にある松栄神社に祭神として祀られている。上州水沼村(群馬県桐生市)に松平家を祭神として創始された近正八幡宮が起源となる。その後この地に遷移され、明治時代になって松栄神社と改称された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
