松浦親
まつらちかし
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~安土桃山 [1494年~1577年]
松浦親とは?
松浦親(1494-1577)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。肥前国飯森城主。松浦氏嫡流・相神浦松浦氏当主・松浦政の嫡男として生まれた。1498年に父・政が平戸松浦氏・松浦弘定に攻め入られ大智庵城で自害すると、母の南殿とともに平戸で幽閉されてしまう。翌年、松浦家の旧臣たちが一計を案じ、南殿と親が今福の歳の宮に参拝に訪れたところを救出し、唐船城へと匿われた。1512年に元服、名をそれまで名乗っていた幸松丸から親へと改め、大智庵城や武辺城を奪還したが、龍造寺家兼の斡旋を受け松浦弘定と和睦する。1531年、叔父・少弐資元の奔走により、室町幕府から平戸松浦氏が今福・有田・相神浦を親に返還するよう沙汰が出され、親は旧領を取り戻すことが出来た。数年後、新たな居城・飯盛城を築城した。しかし平戸松浦当主・松浦隆信はこれに対し討伐軍を編成、1544年に飯盛城へと攻め入る。堅牢な飯盛城に戦は長引き、心を痛めた親は有馬氏の仲裁を受け入れ、鷹島を隆信へ割譲し和睦した。1563年、再び隆信は飯盛城を攻め、孤立した親は隆信の三男を養子に迎え隆信へ降り、飯盛城を開城した。1577年、妻・多見野が亡くなって6日後の9月23日に死去した。 長崎県佐世保市相浦町にある飯盛神社は、松浦親と父・松浦政を祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
松浦幸松丸まつうらこうこつまる
その他
