少弐資時 神社の神様 - 神社ファン

少弐資時

しょうにすけとき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
少弐資時

Ty19080914(CC 表示-継承 4.0)

祭神ランキング1527位

  • 武人

鎌倉 [1263年~1281年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 少弐資時とは?

    少弐資時(1263-1281)は鎌倉時代の武将。少弐氏3代当主少弐経資の長男。資時の名は、資の文字は少弐家の通字であり、時の文字は幕府執権北条時宗からいただいた偏諱である。少弐氏は、藤原道長の後裔と言われる。もともとは平家に仕える家柄であったが、一の谷の戦いで源氏側に下り、以降鎌倉幕府の御家人として活躍。鎮西奉行として抜擢され、その後大宰府の官職である大宰少弐に任命されたことが少弐家の起源である。資時は蒙古が襲来した第1回目の文永の役では12歳の若さで叔父少弐景資に従い初陣を果たす。そして、4年後の弘安の役では壱岐島を占領した蒙古軍に対して奮戦するが討ち死にした。また、叔父の景資も負傷するが結果として蒙古軍を壱岐島から追いやることに成功している。 資時は長崎県壱岐市(壱岐島)の壱岐神社に祭神として祀られている。祭神の資時公には鎮護国家、地域の安寧にご利益があるとされ、地元ではショウニイ様と呼ばれ親しまれている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。