小野好古 神社の神様 - 神社ファン

小野好古

おののよしふる

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
小野好古

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)

小野好古

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 公卿
  • 武人

平安 [884年~968年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 小野好古とは?

    小野好古(884-968)は平安時代の公卿。小野篁の孫で小野葛絃の子。小野道風は弟にあたる。武人として右衛門権佐、右近衛少将などを歴任した。939年に前伊予掾・藤原純友の乱が起きると、翌年には追捕山陽南海両道凶賊使長官に任ぜられ、次官・源経基らと共に純友討伐へと向かった。純友軍と追討軍は筑前国(福岡県)博多津において激突。陸海での激しい戦闘の末、好古は純友軍を打ち破る。京に凱旋した好古は、山城守、大宰大弐などを経て参議に任ぜられ、さらに従三位の位を授けられた。好古の名は武勇において広く知られるが、歌人としての才能も高く評価され、「拾遺和歌集」「後撰和歌集」などに多くの歌が収められている。大宰大弐時代には菅原道真を偲んで宴を催し、太宰府天満宮の神事「曲水の宴」の始まりとなった。享年85歳。醍醐天皇、朱雀天皇、村上天皇、冷泉天皇の4代にわたって仕えた。 好古は害虫による飢饉の際に、自らの領地に建つ神社に五穀成就を祈願。社殿を改造し、三柱の祭神に加え新たな三柱を合祀し六社神社とし信仰した。また、博多の総鎮守である櫛田神社は、純友追討の戦勝祈願のため、好古が京都祇園社から勧請したとされる。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    松尾小野神社
    (新潟県三条市新堀1229番地)