小笠原長清
おがさわらながきよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 武人
平安~鎌倉 [1162年~1242年]
小笠原長清とは?
小笠原長清(1162-1242)は鎌倉時代初期の武将。甲斐源氏の流れをくむ加賀美遠光の次男であり、母親は和田清盛の娘、あるいは三浦義澄の娘などの説がある。甲斐国巨摩郡小笠原郷(山梨県北杜)を相続し元服したことから高倉天皇より小笠原の姓を賜り、小笠原氏の始祖となる。当初は兄秋山光朝とともに平知盛に仕えていたが、源頼朝の挙兵に呼応し、京から甲斐に立ち戻り1180年の富士川の戦いでは頼朝側の武将として挙兵している。また、承久の乱の際には,武田信光らと共に東山道の大将軍として戦果を挙げている。その後も平家との戦で武功を重ね、頼朝の御家人の内海野幸氏、望月重隆、武田信光らと並び「弓馬四天王」と称された。鶴岡八幡宮の神事である流鏑馬では騎手を務め、弓馬術礼法小笠原の始祖となる。頼朝の弓馬の師範も務めた。 長清は山梨県南アルプス市小笠原にある笠屋神社に祀られている。笠屋神社は長清の居館跡に創建されたと伝えられているが、大正時代には現在地に遷座されている。笠屋神社の神紋には、小笠原氏の家紋の三階菱が掲げられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
源長清みなもとのながきよ
その他
祀られている主な神社
小笠原神社
(福岡県みやこ町豊津1115)
