小笠原忠真
おがさわらただざね
- 歴史的人物
- 男神・男性

福聚寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩主(松本藩
- 明石藩
- 小倉藩)
江戸 [1596年~1667年]
小笠原忠真とは?
小笠原忠真(1596‐1667)は江戸時代初期の大名。信濃松本藩初代藩主小笠原秀政の次男であり、母親は松平信康の娘登久姫。徳川家康の曾孫にあたる。元服に当たって二代将軍徳川秀忠の偏諱を与えられ忠真と名乗る。大阪の陣が勃発した際には秀忠に従って父秀政、兄忠脩と共に出陣。家康からの命は父秀政の出陣のみであったが、忠脩と忠真の兄弟は逆らい出陣した。戦の中で父と兄を失うことになったが、その勇猛な奮戦から忠真は家康から「まさに我が鬼孫」と称賛された。本来であれば兄忠脩の嫡子が松本藩を継承すべきであったが、幼年であったために忠真が継承し松本8万石の大名となる。小笠原宗家となった忠真はその後播磨明石10万石、豊前小倉15万石と移封された。豊前小倉藩着任により西国の譜代大名筆頭となり、九州全体を監視する九州探題としての役割を担うことになる。一方、忠真は文化活動にも熱心に取り組み、茶の湯では古市了和を招いて小笠原家茶道古流を完成させた。 忠真は福岡県田沢市にある若八幡神社に祭神として祀られている。忠真が知行地の困窮を救うために善政を施したことから、朝廷より輝徳霊神の神号を下賜され祀られた。そのため、若八幡神社の神紋は小笠原家の家紋と同じ三階菱である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
源忠眞みなもとのたださね
その他
祀られている主な神社
小笠原神社
(福岡県みやこ町豊津1115)
