順徳天皇
じゅんとくてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

藤原為信 - 宮内庁書陵部所蔵(天子摂関御影)
祭神ランキング457位
- 天皇
鎌倉 [1197年~1242年]
順徳天皇とは?
順徳天皇(1197-1242)は鎌倉時代の人物。 後鳥羽天皇を父に持ち、母は藤原重子、子に仲恭天皇らがいる。日本の第84代天皇にあたる。源頼朝の死後、王朝の権力回復を謀る後鳥羽天皇により、土御門天皇に代わって即位した。父と共に鎌倉幕府打倒計画に参加するが、承久の乱に敗れ佐渡島に流される。島での生活は20年を超えていた。伝承の一つには、流刑後順徳天皇は密かに佐渡島を脱出し出羽国(山形県)で隠棲していたというものもある。この関わりとして、山形には順徳天皇を祀る御所神社(山形県尾花沢市)がある。武闘派として知られる順徳天皇だが、その一方で教養に溢れ文学的な才能が優れていたことでも知られている。著書の一つである禁秘抄は、現代でも有職故実の研究に大きな貢献を果たしている。また、和歌や詩文にも熱心であり、藤原定家に師事したほか、藤原俊成女や藤原為家とも親交があった。続後撰集以下の勅撰集には159首が入り、当時の歌論を集大成した八雲御抄も知られている。また、幕府への配慮から新勅撰和歌集には歌が入っていないが、小倉百人一首には最後の一首として採録されている。 順徳天皇は先に挙げた御所神社の他に、水無瀬神宮(大阪府三島郡)でも祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
佐渡院さどいん
その他
