淳仁天皇 神社の神様 - 神社ファン

淳仁天皇

じゅんにんてんのう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
淳仁天皇

表記なし

祭神ランキング655位

  • 天皇

奈良 [733年~765年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 淳仁天皇とは?

    淳仁天皇(733-765)は奈良時代の人物。舎人親王を父に持ち、子に安倍内親王がいる。日本の第47代天皇にあたる。幼い頃に父が亡くなったため、天皇の孫という立場にありながら長らく権力とは無縁の生活を強いられた。758年に践祚し、日本初の金貨である開基勝宝など貨幣の鋳造に力を入れたほか、国司の任期を伸ばすなど精力的に活動していた。ところが、弓削道鏡を巡って孝謙上皇と対立すると藤原仲麻呂の乱が勃発。後見人であった藤原仲麻呂が敗れたことで、戦に参加していなかった淳仁天皇も反乱者とされ、淡路国(兵庫県)に流刑となった。天皇が流刑になった例は他に少なく、前代未聞のことである。これにより、淳仁天皇は明治期まで淡路廃帝と呼ばれるようになった。それでも淳仁天皇を慕う官人は多く、都でも先帝の復帰をはかる勢力は残っていたという。淳仁天皇自身も逃亡を謀るものの失敗し、765年病死したとされている。しかし、実際は殺害されたとの見方が強い。死後、その魂は怨霊となり、旱魃、暴風雨、飢饉を引き起こしたという。 淳仁天皇は白峯神社(京都府京都市)に祀られている。奉祀されたのは明治天皇の代になってからのことであり、単体での奉祀ではなく、同じく怨霊伝説で名高い崇徳天皇との合祀である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    淡路廃帝

    あわじはいたい

    その他

    廃帝

    はいたい

    その他