春澄善縄
はるすみのよしただ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 公卿
- 学者
平安 [797年~870年]
春澄善縄とは?
春澄善縄(797-870)は平安時代の人物。周防国(山口県)大目、猪名部豊雄を父に持つ。官人としては最底辺の家柄であったが、善縄の聡明さに気づいた祖父が私財を投じて教育を施したため、大学寮に入り文章生になった。扶桑略記では在朝の通儒と評されるほどの逸材で、儒教や歴史だけでなく、周易、老子、荘子の三玄の学に通じ、陰陽道に対する造詣も深かったという。また、自ら詩を作る才能もあり、経国集と本朝文粋に詩文が残っている。その一方で、己の才に驕り高ぶることは一切なく、恬淡な人柄であったという。それらの実力が認められ、善縄は恒貞親王の東宮学士を経て文章博士にまで昇進した。855年には藤原良房、伴善男らと共に国史編纂を命じられ、応天門の変による伴善男の失脚などに阻まれるも、869年ついに続日本紀の編纂を成し遂げる。史料上は良房との共著であるが、実質善縄が単独で成し遂げた偉業である。また、続日本紀の特徴として物の怪に関する記述が多いことが挙げられるが、これは承和年間の貴族社会に陰陽道が強い影響を与えていたためであり、善縄が己の知識を注ぎ込んだ結果である。最終官位は参議従三位行式部大輔兼讃岐守であった。 善縄は猪名部神社(三重県いなべ市)に祀られている。猪名部氏は善縄の本姓である。
ご神徳
学業成就 合格祈願
祀られている主な神社
猪名部神社
(三重県いなべ市藤原町長尾244)
