重富平左衛門
しげとみへいざえもん
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- その他
江戸 [~1681年]
重富平左衛門とは?
重富平左衛門(?-1681)は江戸時代の人物。筑後国(福岡県)生葉郡今竹村で庄屋を務める。今竹村のある地域は、筑後川とその支流の巨瀬川に挟まれた立地だったが、水利が悪く水田が作れず村は常に貧しい状態だった。平左衛門と近隣4ヵ村の庄屋は用水路開削を計画し、久留米藩に請願した。すぐに許可は下りなかったが、誓詞血判をしたことや、現地調査を行った郡奉行・高村権内の助力もあり、藩営事業として開削工事は着手された。上流の大石村長瀬に取水口を設け、約3キロの水路を掘削して水を引く第1期工事が完成。これを見て、当初は工事に反対していた村々から拡張工事の出願が相次いだ。第2期工事で平左衛門は、他の庄屋と共に顧問と出願してきた村の労働者を監督する役を担った。拡張工事を含めると、約1400ヘクタールが水田地帯となり、用水路築造に尽力し農民を救済した庄屋たちを、農民たちは「筑後五庄屋」と称え語り伝えた。 平左衛門は長野、大石の水神社(福岡県うきは市)で祭神としてまつられている。大石の水神社は、水路の完成に際し、5人の庄屋が自然石を水路の守り神としたことに始まる。後に祠と社殿が建立され、大石村の古社・弓立神社の境外末社となった。
ご神徳
ご神徳は不明です。
