渋谷良重
しぶやよししげ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1526年~1566年]
渋谷良重とは?
渋谷良重(1526-1566)は戦国時代の人物。祁答院重武の子で、祁答院重加らの親。祁答院氏は渋谷氏の庶流で、良重もまた祁答院良重と称されることがある。良重は祁答院氏12代当主の子として生まれ、1538年には家督を相続して虎居城城主となった。戦国武将として大きな戦力を有しており、戦上手な武将として一角の人物であったという。統率力の高さはもちろん、自身も天性の強力をもつ弓射の達人であった。敵対関係にあった島津氏にとって良重は厄介な存在だったが、同時に実力を高く評価されてもいた。しかし1554年の島津氏との合戦において、良重は自軍側の岩剣城の防衛を任されていたが、一ヵ月近くの消耗戦の末にあえなく城を落とされてしまう。夜闇に紛れて落ち延びた良重はその後も帖佐城・平安城に拠って島津軍に抵抗を続けたが、あまりの猛攻に降伏せざるを得なくなり、敗戦によって最盛期の勢いを失った。最後は、妻・虎姫に刺殺されてこの世を去っている。 良重は生前、虎居の大明神・鬼丸大明神・大願寺の雨華堂など地域の神社仏閣を積極的に修築していた。現在では、良重もかつての領地に建つ大石神社(鹿児島県さつま町)の祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
