酒井忠発 神社の神様 - 神社ファン

酒井忠発

さかいただあき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩主(庄内藩)

江戸 [1812年~1876年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 酒井忠発とは?

    酒井忠発(1812-1876)は江戸時代後期の大名。出羽庄内藩(山形県鶴岡市)の第九代藩主である。8代藩主酒井忠器の嫡男として江戸屋敷出生。酒井家は徳川四天王の酒井忠次の嫡流となる名門譜代の家柄である。父忠器の隠居により家督を継承した忠発は、印旛沼疎水普請、蝦夷地への出兵により殖産などの幕府下命の役目に精励する。庄内藩の西方の大山地区は、天領から預地となっていたが水野忠邦の天保の改革によって尾花沢代官の直轄地とされる。しかし、天保の改革の失敗に伴って水野忠邦が失脚すると大山は再び庄内藩の預地に戻されるが、この動きに反発した領民が江戸請願などの反対運動をおこし3500名以上が処罰されるという「大山騒動」が勃発した。結果として公領地は再び酒井家が引きつくことで落着している。幕末期には異国船の出没に対応して庄内の海岸防備と軍備体制強化、品川台場の警備などに力を尽くし、維新後の1876年に没している。忠発が錦糸町付近で釣り上げた鮒の魚拓「錦糸堀の鮒」は日本最古の魚拓と言われている。 忠発は、庄内神社に酒井家代々の藩主らと共に祭神として祀られている。庄内神社は酒井家の居城であった鶴ヶ城の本丸跡に建立された神社である

    ご神徳

    ご神徳は不明です。