酒井正親 神社の神様 - 神社ファン

酒井正親

さかいまさちか

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国 [1521年~1576年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 酒井正親とは?

    酒井正親(1521-1576)は戦国時代の武士。酒井清秀の子で酒井重忠、忠利らの親。三河国(愛知県)で松平家譜代の家臣である酒井家に生まれる。2家に分かれる酒井家で、代々雅楽助《うたのすけ》を名乗る雅楽頭系の流れをくみ、松平清康、広忠、徳川家康の3代にわたって仕えた。1535年に松平家の惣領であった清康が出陣先で近臣に殺害されると、子の広忠に従い伊勢に逃れた。後に広忠は正親らの手によって、故郷の三河国岡崎城へ迎え入れている。広忠、家康の代の重臣であり、家康が今川の人質として駿府に送られた際には随従し、初陣にも付き従った。1561年には今川方の国人領主・吉良義昭の城を攻め落とし、その功により城主を命じられ西尾城とした。これは譜代の家臣が城主となった初といわれている。以後も三河一向一揆、掛川城の戦い、三方ヶ原の戦いなどに参戦し多くの武功を上げた。1576年に死去し家督は嫡男の重忠が継いだ。 正親は姫路神社(兵庫県姫路市)で祭神としてまつられている。酒井家の藩臣、藩民たちが発起人となり、姫路藩主酒井家の始祖である正親を祭神とし創建された。昭和の初めに姫路城内に遷座し、後に酒井家の歴代藩主も合祀された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。