酒井家次
さかいいえつぐ
- 歴史的人物
- 男神・男性

翫月邸峩山 - 関ヶ原合戦図屏風 - 関ケ原町歴史民俗資料館(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [1564年~1618年]
酒井家次とは?
酒井家次(1564-1618)は戦国時代から江戸時代にかけての人物。酒井忠次を父に持ち、兄弟に本多康俊、小笠原信之がいる。また、徳川家康の従弟にあたる。父の忠次は徳川四天王の一人に数えられる人物で、家次も幼少の頃より家康に仕えた。長篠の戦いにも参戦しており、武功を挙げたことが分かっている。父の隠居に合わせて家督を継ぐと、三河吉田城主となった。1590年の小田原攻めでは本多忠勝らと共に徳川軍の先鋒を務め、下総国(千葉県)臼井に3万7000石を与えられた。更に、関ヶ原の戦いでは真田勢を相手取り、上田城の城壁まで追い散らす活躍を見せたと言われている。ただ、大坂冬の陣では激戦として知られる天王寺、岡山の戦いにて天王寺口第三陣の大将を任されるも敗戦し、武功を挙げられなかったようである。武勇に優れる家次だが内政にも尽力しており、上野国(群馬県)高崎藩では兵農分離に務めたという史料が残されている。最終的には越後国(新潟県)高田藩10万石の藩主という、徳川家臣団屈指の大身となった。 家次は庄内神社(山形県鶴岡市)に祀られている。この神社は庄内藩主酒井家の4人の先祖を祀ったもので、宝物殿には酒井家ゆかりの品々が保存されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
