種子島久基 神社の神様 - 神社ファン

種子島久基

たねがしまひさもと

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩士(薩摩藩)

江戸 [1664年~1741年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 種子島久基とは?

    種子島久基(1664-1741)は江戸時代の人物。種子島久時の子、種子島久達らの親。薩摩藩国家老の子として生まれる。薩摩藩主島津光久の娘と結婚。国家老であった父久時が職を辞したいと申し出たが許されず、代わりに久基が領地として与えられていた種子島、屋久島等の政務を執り行うようになる。琉球で栽培されている甘薯の利点にいち早く気づき、領内の農民を飢えから救う手立てとなるとして、琉球より甘薯を譲り受け、領内で栽培を始めた。実際、久基が甘薯栽培を推し進めたのちに起こった享保の凶荒の際、島内の被害は他に比べてわずかなものとなった。このできごとは、日本国内全域に甘薯栽培が広がった端緒であると言われている。藩主の江戸出府への付き添いや、藩主の使者として数々の仕事をこなす中で信頼を得、久時の後を継ぎ国家老となる前には、若年寄の地位にまで上り詰めた。政務だけでなく、武芸にも優れ、江戸藩邸で槍術の演舞を行い、賞賛されている。 種子島久基は栖林神社(鹿児島県西之表市)に祀られている。栖林神社は、松寿院により創建された神社で、久基が始めた甘薯栽培の偉業を称えるためのものである。そのため、「からいも神社」とも呼ばれ、久基も「からいもの神様」と呼ばれている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。