柴山伊兵衛
しばやまいへえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
江戸 [1611年~1703年]
柴山伊兵衛とは?
柴山伊兵衛(1611-1703)は江戸時代の治水家。美濃国(岐阜県)関村で古くから続く豪農の家に生まれる。この地に移り住んだ元尾張藩士・喜田吉右衛門と、その弟・林幽閑と灌漑用水路建設を計画。この地域は複数の藩が領地を所有し、藩をまたいで灌漑施設を作ることは難しい土地柄だった。近くには長良川が流れていたが、川よりも高台にあることから取水もできず、農民は常に水不足に悩まされてきた。調査の末、取水口の設置を長良川上流の曽代地区に定め、用水路を通す集落を訪ね交渉を重ねた。補償として替地や金銭を用意し、それぞれの藩にも許可を得ていった。立案から4年を経過して開削に着手。岩盤の掘削はたがねとのみで行う厳しいものだったといわれる。約5千5百両もの費用がかかり、私財の全てを工事に投じたが、吉右衛門は完成を待たず病死。幽閑は行方がわからなくなった。1人になり貧しい小屋で暮らしながらも、現在も残る「曽代用水」を築き上げた。 伊兵衛は井神社(岐阜県関市)で祭神としてまつられている。灌漑による恩恵を受けた人々は、伊兵衛の墓がある神光寺内に3人をまつり、その功績を称えた。後に井神社として認可され、社殿も現在地に建立された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
