耳面刀自
みみもとじ
- 歴史的人物
- 女神・女性

祭神ランキング1003位
- 皇族
飛鳥
耳面刀自とは?
耳面刀自(?-?)は飛鳥時代の人物。藤原鎌足を父に持ち、大友皇子の后の一人であったとされている。日本書紀などの史料には記述がなく、本朝皇胤紹運録にのみ大友皇子の后となり壱志姫王を産んだと記されている。史料の少なさから実在を疑われもしたが、懐風藻には鎌足の娘が大友皇子の后になった旨が記されており、この点は事実であると思われる。壬申の乱で大友皇子が敗れると近江宮から落ち延び、九十九里浜まで逃れた。しかしその地で病に倒れ、そのまま亡くなったとされている。千葉県匝瑳市には耳面刀自の墓とされる内裏塚古墳がある。匝瑳郡誌には「土俗、此の内裏塚、或は神山、或は神林と称し、周囲の菜園、不潔の肥料を施すを禁じ居れり」と記されており、地元の人間から崇敬されていたことが分かる。また、1971年の発掘調査では朱をさした人骨が出土しており、埋葬された人物が貴人であると推定された。 耳面刀自は内裏神社(千葉県旭市)に祀られている。その付近には家臣の中臣英勝の墓とされる大塚原古墳があり、33年に1度耳面刀自の御霊をなぐさめるため、内裏神社から大塚原古墳を経て内裏塚古墳まで、お浜下りと呼ばれる神幸祭が行われる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
