志貴皇子 神社の神様 - 神社ファン

志貴皇子

しきのみこ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 皇族

飛鳥 [~716年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 志貴皇子とは?

    志貴皇子(?-715)は飛鳥時代の皇族であり歌人。天智天皇の第七皇子であり、母は越道君伊羅都賣という名の采女であった。志貴は施基とも芝基とも記されることがある。大宝律令では親王の称号が定められているために志貴親王とも称する。母親が采女という低い身分であったこと、第七皇子であったことから皇位継承の可能性は極めて低い存在であった。また、壬申の乱によって即位した天武天皇は皇位継承の争いが起こる事を恐れて、草壁皇子を次代の天皇と定めて他の皇子は協力するよう約する吉野盟約に参加し、さらに政治からは離れた存在となっていく。志貴皇子はその優雅な性格から歌人として秀でた才能を発揮し、万葉集には6首の歌が乗せられている。同じく万葉歌人である湯原王の父親にあたる。吉野盟約後、第48代称徳天皇まで天武系の天皇が続くがここで途絶え、第49代天皇には志貴皇子の子である光仁天皇が践祚し、その後第50代桓武天皇以降現在に至るまで天智系の天皇が継承されている。天武系から天智系への天皇の系譜の転換点となった志貴皇子は死後、追尊され春日宮御宇天皇または田原天皇とも称される。 志貴皇子は奈良県奈良市にある奈良豆比古神社に祭神として祀られている。奈良豆比古神社は、かつては奈良坂春日社と称され、志貴皇子が隠居していた奈良山春日離宮跡に建立された神社である。歌舞音曲をつかさどる神様として崇敬されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    芝基皇子

    しきのみこ

    その他

    施基皇子

    しきのみこ

    その他

    志紀皇子

    しきのみこ

    その他