市川五郎兵衛
いちかわごろべえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
- 開拓者
戦国~江戸 [1572年~1665年]
市川五郎兵衛とは?
市川五郎兵衛(1572-1665)は戦国時代の武士、江戸時代前期の開拓者、新田開発者。上野国甘楽郡羽沢村の在地小領主(国衆)の家に生まれた。曾祖父の市川右馬介真治は当初上杉憲政に仕えていたが、上杉家が北条氏康に敗北すると甲斐国の武田氏に仕えることとなった。武田氏が滅亡した後は市川家は武士から帰農し、信濃国佐久へと移り住んだ。1593年、かねてから家来になるよう誘いを受けていた徳川家康から、家来になるかわりに分国内の山金、川金、芝間開発免許の朱印状を得る。1626年頃から約5年の歳月をかけて五郎兵衛用水路を開削し、五郎兵衛新田の開発により上原・中原・下原の3集落が成立した。五郎兵衛はこの3新田に私財を投じ、粉骨して開発した褒美の領地として、1642年に小諸藩から150石を与えられている。 長野県佐久市甲に、五郎兵衛を主祭神として祀る真親神社を合祀する諏訪神社がある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
諏訪神社
(長野県佐久市大字甲字宮ノ山1)
