山内首藤通資 神社の神様 - 神社ファン

山内首藤通資

やまのうちすどうみちすけ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

鎌倉~南北朝

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 山内首藤通資とは?

    山内首藤通資(?-?)は鎌倉時代末期~南北朝時代の人物。山内首藤通綱の子で、山内首藤通広らの親。通資は、備後国北部(現在の広島県)の恵蘇郡のほぼ全域を占めた荘園・地毗荘《じびのそう》を所領とする武将であった。地毗荘はもともと京都の蓮華王院などが領家として治めていたが、通資は蓮華王院から年貢徴収を請け負い、地頭請という形で地毗荘の地頭職を得ている。このため通資は1316年に一族郎党を引き連れて備後国に移住し、多賀村の蔀山《しとみやま》に城を築いて新たな拠点とした。以降、通資は本郷を中心に勢力を伸ばして有力な国人領主となり、室町時代にはその子孫が毛利氏に匹敵するほどの戦国大名となっている。このような経緯から、通資以降の系譜は元来の山内首藤氏と区別して「備後山内氏」と呼ばれるようになり、通資は備後山内氏の祖として扱われている。 蔀山に移り住んだ際、通資は鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を当地に勧請したと伝わっている。これにより建立されたのが広島県庄原市の南八幡神社であり、参道の両脇には通資が勧請にあたって植樹したとされる樹木が立ち並ぶ。これらの樹木は現在「南の八幡神社社叢」として広島県の県指定天然記念物にもなっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    山内通資

    やまのうちみちすけ

    その他

    祀られている主な神社

    田原神社
    (広島県庄原市市町1599番地)