山田有栄
やまだありなが
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
安土桃山~江戸 [1578年~1668年]
山田有栄とは?
山田有栄(1578-1668)は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての人物。父は山田有信で、薩摩国(鹿児島県)島津氏に仕えた武将である。父が豊臣秀長率いる九州征伐軍に破れた際人質となり、その後は文禄、慶長の役で従軍し朝鮮にわたり武功をあげる。薩摩に戻ってからは庄内の乱、関ヶ原の戦いにも参戦し、島津義弘を守り戦う大活躍をした。また、敗戦中世話になった村人への代償を踏み倒そうとする仲間をいさめ、宝にしていた黄金の鞘を換金し与えたという、誠実な人柄が窺える逸話もある。これらの活躍から有栄は軍功並ぶものなしと義弘に言わしめ、200石の加増と銘刀丹波守吉道を下賜されている。1629年薩摩国出水地頭に任じられると、武士の心構えを表した出水兵児修養掟を作り、薩摩藩最強の武士団出水兵児を育んだ。この精神は郷中教育として現代まで伝わり、薩摩男児の気風を作り上げている。 山田有栄は山田昌厳という法号で若宮神社(鹿児島県出水市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
山田昌厳やまだしょうがん
その他
祀られている主な神社
若宮神社
(鹿児島県出水市野田町上名6466)
