山下助左衛門
やましたすけざえもん
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- その他
江戸 [~1691年]
山下助左衛門とは?
山下助左衛門(?-1691)は江戸時代の人物。筑後国(福岡県)生葉郡の高田村で庄屋を務める。同郡の夏梅村庄屋・栗林次兵衛を始めとした、近隣4ヵ村の庄屋と協同で灌漑用水路の工事を成功させた。高田村のある地域は、九州地方最大の河川、筑後川沿岸にあるにもかかわらず、水利の悪さから水田は少なく、貧しい暮らしのため土地を離れる者も多かった。5人の庄屋は、筑後川上流の大石村に取水口を作り、用水路で下流の村に水を送る計画を立てる。しかし、久留米藩から工事の許可はなかなか下りず、また水路途中の村々からの反対にもあうが、誓詞血判するなどの覚悟を見せ、1664年1月に掘削工事に着手し、同年3月に第1期工事が完成。その後も拡張工事は続けられ、1674年に大石堰を完成させた。現在も約30平方キロの水田地帯を潤す用水路を築き上げた助左衛門らは、「筑後五庄屋」としてその功績が長く称えられた。旧高田村には、かつて山下家があったとされる場所の近くに助左衛門の墓が残されている。 助左衛門は長野と大石の水神社(福岡県うきは市)で祭神としてまつられている。難工事を成し遂げた4人の庄屋と共に配祀され、水路や堰の守り神として地元で崇敬を受けている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
